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福岡高等裁判所 昭和38年(う)341号 判決

被告人 清水数馬

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、福岡地方検察庁小倉支部検察官検事山田四郎作成名義の福岡高等検察庁検事宿利精一提出および弁護人武井正男提出の控訴趣意書記載のとおりであつて、これらに対する当裁判所の判断は次に示すとおりである。

一、検察官の控訴趣意一、法令の適用の誤りの点について。

被告人の司法警察員に対する供述調書、原審第九回公判調書中の被告人の供述記載、当審における検証調書および証人富永マサ子の尋問調書その他原判決挙示の関係証拠によると、本件家屋にはかねて被告人およびその妻芳子、長女優子(当時三年三月余)次女信子(当時九月)の四名が居住していたのであるが芳子の母富永マサ子が偶々本件犯行のあつた二時間位前の午後六時頃本件家屋を訪れたところ、芳子より優子をしばらく、マサ子方につれて行つて遊ばしておいてくれる様依頼されたので、マサ子は約四二〇米離れた同人方に優子をつれて行つたもので、このことは被告人も了知していたものであるところ、被告人はその後二時間位して午後八時頃原判示のような経緯から本件家屋でその妻芳子を刺殺し、二女信子に瀕死の重傷を与えて之が死亡したものと誤認し、被告人も自殺しようと決意し、已に両女は死亡し被告人も自殺するのであるから、もはや本件家屋は住家としても必要ないので焼燬しようと考えて本件家屋に放火した事実が認められる。右事実によると本件放火当時被告人は芳子と信子は死亡したものと考え、優子は已に富永マサ子方に行き本件家屋に居ないことを知つて、本件家屋はもはや必要がないものとして火を放つたものであるから、被告人は放火直前本件家屋を住居とすることを抛棄し火を放つたものと認めるのが相当である。ところで優子はその当時三年三月余の幼児であつたので、その住居は母芳子亡きあとは、当然父であつた被告人の意思に従つて定まるものであるから、被告人が放火直前本件家屋をその住居とすることを抛棄した以上、優子は本件家屋に住居するものではないというべきであり、したがつて、これと同一の見解の下に、本件につき現住建造物放火未遂罪の成立を否定した原判決は正当であり、原判決には所論のような法令の適用の誤はない。論旨は採用し得ない。

(二) 検察官の控訴趣意二、量刑過軽の点および弁護人の控訴趣意、量刑過重の点について。

本件犯行の手段、方法が惨虐なものであることはまことに検察官所論のとおりであるが、被告人は妻芳子と口争いをして激情にまかせて本件所犯で被告人自身も自殺しようとしたものであり、偶々被告人の兇手を免かれた優子は現在その祖父母である富永芳太郎とマサ子の養子となつて幸福に成長しており、マサ子は寛大な処分を求めているような状況にあることその他記録並びに証拠に現われている本件犯罪の動機、態様、罪質、被告人の性格、素行、年令、経歴、被害の状況等諸般の犯情に照らし、原判決の刑の量定は相当であると認められ、検察官所論の被告人に不利な諸点弁護人所論の被告人に有利な諸点を参酌考量しても、なお原判決の刑の量定が各所論のように軽きに過ぎ或は重きに過ぎるものとは認められない。

論旨は理由がない。

よつて、刑訴法第三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用の負担免除の点につき刑訴法第一八一条第一項但書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大曲壮次郎 古賀俊郎 中倉貞重)

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